60代で始めたブログ。
体力や気力が追いつかなかったり、忙しさで心が折れそうになったり…。
長く続けることがブログの秘訣だと思うものの…。
「自分らしいペース」を見つけることが難しかったこの一年。
一度はやめかけた私だけれど、またこうして文章を書いています。
- 60代のリアルなブログ継続事情
- 更新停止中に感じた葛藤
- ブログを消せなかった理由
- 自分らしいペースの大切さ
記事更新が止まってしまった理由

「やめそうになった時」の心境
ブログをやめそうになった経験がある人には、きっと共通の気持ちがあるはず。
それは、書きたい気持ちはあっても、身体や時間の問題でそれが叶わない焦り。
実際に私がブログを中断していたのは、仕事でした。
毎日クタクタで、パソコンを開いても言葉が出てこないし、記事の構成を考えようとしても、頭がうまく回らない。
そんな日が少しずつ増えていきました。
そんな状態が続くと、「もう無理なのかな…」と感じる日も、何度もありました。
Wワークで時間も気持ちも余裕がなかった
Wワークという状況下で、時間をうまく活用できなかったというのが本音。
仕事と家庭を優先することで、ブログが後回しになったのが一番の理由。
物理的な時間の確保が難しかったのです。
記事を書こうとしても手が止まる
以前は朝早く起きて執筆する時間を確保していたものの、睡眠時間を削ることが60代の身体に応え、約一年の間、ブログに手をつけられない日が徐々に増えていきました。
時間的な制約が、ブログへの意欲を削いでいく現実をひしひしと感じつつ…。
同時に焦りもあって葛藤していました。
「書かなければ、どんどん感覚も鈍ってしまう」「でも、無理をすれば体を壊すかもしれない」
そんな相反する思いのあいだで揺れ続け、焦りと諦めが入り混じった、落ち着かない日々を過ごしていたのです。
「しんどい」と思う日が増えていった

60代の体力・気力の現実的な変化
以前は平気だった長時間の作業も、気づけば腰や肩が重くなっている。
「少し休もうかな」
そんなふうに思う瞬間が、確実に増えていきました。
頭では若いつもりでも、身体は正直で、長時間座っているだけで身体が重くなり、以前のようなキレのある動きができなくなってる。
それに加え、集中していられる時間も確実に短くなっていく。
こうした加齢による変化は、単なる「体力の衰え」という一言では片付けられない。
ブログを続けたいという気持ちはあるのに、身体と集中力がそれについてこない。
そのギャップも継続の大きな壁として立ちはだかっていました。
それでもブログを消せなかった理由

少しずつ積み上げてきた記事への思い
独学でブログを立ち上げ、1記事1記事積み上げてきたものを、「もう無理だからやめよう」と簡単に捨てる気持ちにはなれなかったのです。
私にとってのブログは、大切に育ててきた子どもみたいなもの。
だから、ひとつひとつの記事が愛おしい。読まれても読まれなくても大事な大事な私の子どもたち。
文章のうまさはともかくとして、その時その時の自分が、時間をかけて言葉を紡いできた記録がそこにある。
読み返してみると、「ああ、この頃はこんなことで悩んでいたな」「この時はさくさく書けたな」と、その時期の自分の顔が浮かんできます。
若い頃の日記帳を捨てられないのと同じように、ブログの記事も、わたしにとっては小さな歴史の一部。
たとえ今は更新していなくても、その積み重ねを「なかったこと」にする勇気は、やはり出なかったのです。
読まれていた記事が気になっていた
読まれている記事があるということは、本当にありがたいですね。自分のやる気につながりますもの。
更新をやめてからも、「あの記事は今どうなっているだろう」と気になるページがいくつかあって、
その記事たちを「読んでくれる人が一人でもいるかもしれない」という気持ちが、細く長く、ブログへの未練をつないでいたのだと思います。
久しぶりにブログを開いて感じたこと
ある日、そんな迷いを抱えながら久しぶりにブログを開いてみました。
そこには以前と変わらない管理画面と、しばらく時間が止まったままの記事たちが並んでいます。
意外なことに、責めるような気持ちよりも、1年前に悩んでいた自分とは、少しだけ違うものの見方ができるようになっていました。
以前より肩の力が抜けていた
しばらくブログから離れていたことで、「こうしなければならない」という思い込みが、少しずつ薄れていたのかもしれません。
自分のブログを眺めてみると、「完璧じゃなくても、これはこれで悪くなかったのかも」と、ほんの少し優しい目で見ることができていました。
もちろん、誤字脱字や、読みづらいところもたくさんあるわけですが。
でも、そのどれもが、その時の自分なりに一生懸命書いた跡だと思うと、むしろ愛おしくも感じられ、肩の力が抜けた目でブログと向き合えている自分に気づき始めていました。
「役立つ記事を書かなきゃ」から離れてみた
「誰かの役に立つ記事を書かなければいけない」と、自分に厳しい縛りをかけすぎていて、検索されること、アクセスが伸びること、収益につながること…
そうしたことばかりを意識するあまり、「こんなことを書いても意味がない」とネガティブ思考に入っていた気がします。
そこで一度、「役立たなければいけない」という思いから少し離れてみることにしたのです。
自分の今の気持ちや、小さな出来事でも、正直に書いてみるだけでもいいのではないかと、気持ちを緩めてみることにしたのです。
「ひとりごと」カテゴリーを作ってみた
気持ちを切り替えるために、思い切って新しいカテゴリーをひとつ作ってみました。
ここでは、誰かの役に立つかどうかは一度横に置いて、「今の自分の気持ち」や「小さな発見」、「今日はこんな一日だった」というような、気楽な内容を書く場所にしようと思っています。
カテゴリーを分けることで、「ここでは上手に書かなくていい」「検索を意識しなくていい」と、自分に許可が出せたことが嬉しい。
そうやって縛りをほどくことで、少しずつ「また書いてみようかな」という気持ちが、静かに戻ってきました。

無理なく続ける大切さ『ブログとの距離感』

あらためて自分の年齢を意識してみると、アクセスや収益だけを追いかけるのではなく、「これからの自分の暮らしとどう付き合うか」「無理をしない範囲でどう続けていくか」。
60代だからこそ見えてきた「ブログとの付き合い方について」少し整理してみました。
若い頃のようには無理ができない
まず痛感したのは、若い頃と同じペースで無理を重ねることは、もうできないという現実。
仕事をしながら、夜遅くまでパソコンに向かい、睡眠時間を削って記事を書くような生活は、体調を崩す原因にもなりかねない。
自分の身体を守りながら続けていくためには
無理をしないペースでも、続けていれば、それは立派な「継続」なのだと。
完璧じゃなくても続けてみたいと思えた
いろいろと考えた結果、たどり着いたのは「完璧じゃなくてもいいから、細く長く続けてみたい」という気持ちに着地しました。
毎回、検索を意識した立派な記事を書かなくても、時には短い近況報告や、その日の気づきをメモのように残すだけでもかまわない。
そうやってハードルを下げてみると、「続けること」へのプレッシャーが少し軽くなりました。
まとめ
この1年間、ブログを続けるかどうかを迷い続けてきた気持ちを、あらためて文章にしてみました。
更新が止まってしまった理由もあれば、消せなかった理由もあり、そのどちらもが今の自分の正直な姿。
「いつまで続けられるかな」と不安になる日もありますが、それでも前よりは少しだけ、肩の力を抜いて向き合えているように思います。
同じように迷っている人へ
もし今、あなたも「ブログをやめようか」「続けようか」と迷っているなら、その迷いはきっと、とても自然なものです。
頑張ってきたからこそ迷うのであって、決して弱さや怠け心だけが理由ではないと、私は思います。
やめるのも、続けるのも、どちらを選んでも間違いではないです。
ただ、もし少しでも「本当は続けたい」という気持ちが心のどこかに残っているなら、自分を責めずに、その小さな声に耳を傾けてみてほしいです。
完璧じゃなくていい、気が向いたときだけでもいい。
今だからこそ書ける言葉を、あなたなりのペースで綴っていけたら、お互いに心強いなと思っています。
わたしもまだ迷いの途中にいますが、同じように揺れながらブログと向き合っている誰かに、この文章がそっと寄り添えればうれしいです。












